「ファンタスマゴリア~闇に封印された映像コレクション」の感想

(フィルマークスに感想を書く欄が無かったのではてなブログに書きます)

 

 5人の映像作家が持ち寄った不気味な映像を上映し、その映像作家1人と小中千昭高橋洋があれこれ話し合うというイベントの記録映像。全体として、映像よりも映像について3人が語っている部分のほうが面白かった。やっぱり恐怖について語る語彙がけた外れに多いので、マニアとしては聞いていて楽しい会話。持ち寄られた映像5本+追加1本は主にフィルム映像で、フィルムの持つ禍々しさについては高橋洋も詳しく語っていた。こういう不気味なフィルム映像を上映するという行為も若干ホラーの内側に取り込まれつつある状況のようで、会場の空気感はとてもよさげなものだった。怪談をして盛り上がるときのノリ、集団で集まって積極的に怖がろうとしているノリが個人的には良かった。

伊藤隆

 アメリカの個人写真店で発見された映像らしい、アメリカのホームビデオ。子供がうつるときだけフィルムの様子がおかしくなるらしい。

 

安原伸

 地方にありがちな秘宝館のような珍スポットの中をめぐる映像。この建物のテーマは宗教的なものらしく、キリスト像と仏像が所狭しと並んでいる。電波系の匂いもかなりあり、マッカーサーの像もなぜか置いてあった。

 

山崎幹夫

 ブルーフィルムと言われる、性的な目的で撮られた映像の変わり種のようなもの。男女が裸になってイチャイチャする映像なのだけど、撮り方が伊藤高志の実験映像のようなコマ撮りだったりした。

 

④宮崎淳

 かなり個人的には好きなタイプの映像。神社や日本家屋のなかで撮影されたフィルムだが、時折、戸川純のようなタイプの女性が白塗り姿で登場する。日本家屋の不気味さをテーマにイメージ映像を撮ったらこうなるかもなという印象を受けた。

 

⑤村上健司(+高校で撮られたらしい呪われた映画「残響」)

 村上さんが持ち寄ったフィルムは2本あった。まず最初の映像は念写実験の記録映像らしい。田中正夫研究室というところで行われたらしい念写実験だが、が実験後に被験者が次々と死んでいっていることが示される。

最後に村上さんが見せた映像、群馬の高校で撮られたらしい呪われた学生映画「残響」がまた荒れた思春期の匂い甚だしいもので、怖い怖くないは別として個人的にはグッときた。

 

ノーラン信者として直筆メッセージ拝んできました

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グランドシネマサンシャイン池袋12階に飾られていた直筆メッセージ。カップルがワイワイするなか、自分と同じような系統の服装のノーラン信者が長蛇の列をなしていて感慨深かったです(11月1日(日)18時からのテネットIMAXレーザーGT上映)

 

 

NETFLIXドキュメンタリー「殺人鬼との対談:テッド・バンディの場合」の感想

 周囲の人の理解の及ばないところにテッド本人の目的があり、それを達成するためには客観的にみて支離滅裂な行動であったとしても実行する。そうして、結果的には殺人が行われていく。徐々に犯行の数々が明らかになっていく背後で、得体のしれない巨大な悪意がうごめいている恐ろしさ。圧倒的な数の被害者の死体写真や顔写真がそれを物語り、当時を知る証言者の語りがそれを盛り上げていくような感じがあった。テッド本人によるテープの音声と同じくらい、こうした断片的な情報がつなぎ合わされていく過程は不穏。それぞれの証言者は誰もが自分の個人的な体験として、自分の言葉で事件当時を語っていく。娘が行方不明になった(テッドの手にかかった)ときの、娘が不自然ないなくなり方をするまで細かいディティールなど、母はこのディティールを何度も何度も思い出し確かめながら何年も過ごしたのだろうなという言葉の重みがあった。

 テッドが逮捕された後は、番組の演出としてテッド自身の内面に焦点が絞られる。後半は獄中にて、具体的にテッドに迫る。テッドはただ女性を屈服させたうえで周囲の注目を引くことができれば満足だったのだということが示される。テッドも結局は人間だったのか…という残念な印象もあった。最終的には獄中で子供ももうけ、しごく下世話な印象のまま死んでいった。

 

 第四話「地獄の業火で焼き尽くせ」にて、テッドと、テッドの熱心な擁護者であるキャロル・アン・ブーンの関係について気になる表現があった。残り30分に出てくる「テッドとキャロルはfolie à deuxだ」という言葉、これはフランス発の心理用語で(親密な関係の人同士が妄想を共有して行動がエスカレートしていくこと)を指すという。テッドとキャロルほどのイッた関係ではないにしても、馬鹿なカップルが二人だけのノリで調子に乗るなど、よくあることだと思う。2019年に茨城県常磐自動車道であおり運転をした挙句相手を暴行したという宮崎文夫容疑者と、その様子をガラケーで撮影していたという喜本奈津子容疑者の関係などが連想された。

Murder Death Koreatown : コリアタウン殺人事件の感想

1時間3分55秒あたりで画面がフリーズした。関わってはいけないものに巻き込まれてしまっている感覚があった。自分の存在そのもを自分で否定したくなる、ダウナーな気味悪さ。全部ぜんぶ僕が僕が間違っていました!ごめんなさい!ごめんなさい!と謝りたくなるような(謝っても、もう取り返しがつかない)不気味さが感じられて良かった。劇中で占い師老婆の発する警告「貴方が見ている兆候は貴方のために起きているわけではない」というような言葉が自分のことを指さして言っているようでギクッとした。

結末はいたって普通。ただ、個人的な怖さのツボにはまってくるインターネット上のミームと同じような気色悪さがあふれているようで良かった。YouTubeに細々と投稿を続けているようなスピリチュアル系のチャンネルや、精神のバランスが崩れている人の日記映像(特にニコニコ動画のもの)、街中に貼られている電波ビラから感じられる「この人には一体どのように世界が見えているのか」という恐怖の感覚があった。個人的には、Unnerving imagesとネットで検索したら出てくるような「ただそこにいてジッとこちらを見ている。襲ってくる気配はないが、見ているこっち側の存在そのものが侵されてくるような恐怖」の感覚がある画像(これまた個人的な印象だが、日本の都市伝説でいうクネクネに近い不気味さがある)のにおいも感じられた。撮影者側の生活臭の生々しさと写りこんでいる異形のなにかとの極端な差の驚きが不安感を煽ってくる感じもあった。

「世紀末の呪い 増殖」の感想

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「世紀末の呪い 増殖」本編中の供述

(フィルマークスに感想を書く欄が無かったので、はてなブログに書きます)

5点満点中2.2点

 一見無関係に思える3つの少年事件の背後には超常的な存在があった。ドキュメンタリー作家の戸田直子は取材を続けるうちに、それぞれの事件関係者の証言のなかに共通して登場する謎の少年「サイトウくん」を知る。

 

 本作はドキュメンタリー作家の戸田直子さんが取材をするパートと事件発生の経緯を描くパートが交互に進行する形式だ。取材するパートについては普通に不気味さが感じられて良い。しかしながら、事件発生の経緯を描くパートの劇中での立ち位置や現実味の度合いがあいまいで、映画自体の話の筋が破綻している。戸田直子さんの取材に合わせて登場人物が行動していくため、事件の再現ドラマのようなものかと思わせておきながら、そうでもなかったりする。そして、この事件発生の経緯を描くパートのなかで唐突に不穏な効果音が鳴ったり異形の何かが出てきたりする。そのなかでも、「サイトウくん」らしき何者かが登場人物にささやきかけてくる様が直に効果音で描写される箇所は興ざめだ。こうした、実録形式の不気味な証言を補助するような映像で具体的な声が聞こえたり幽霊が見えたりする描写は証言の信ぴょう性を落とすので良くない。証言から観客が広げるぼんやりとした想像が恐怖を倍増させるのに、それを具体的な形にとどめて示すのは本当にがっかりする。こちらまで恥ずかしくなってくる。近年の「奇跡体験アンビリーバボー」「ビートたけしの超常現象Xファイル」などにも同じような残念さを感じる。

 全体として、何なのかよく分からないと観客を困惑させて不穏さを醸し出したかったのかもしれないが、話の進行を妨げているだけでなく観客の集中力を削ってくるので逆効果だ。なお、こうした余分な描写は終盤になるにつれ減り、話自体も盛り上がってくるので後味は良い方だと思う。

16:00~あたりで「サイトウくん」らしき人物が高速で首を回すさまなど、映画「ジェイコブズ・ラダー」に出てくるバケモノを意識したような箇所もある。

 

「トゥルー・ディテクティブ」シーズン1面白かった

 HBOドラマ「トゥルー・ディテクティブ」シーズン1とても面白かった。

「田舎の刑事二人組が連続猟奇殺人事件を調べるうちに~」というタイプのものなのだが、「人間からすると途方もないような異界は日常のすぐ近くにあるのだ」という、観ている側にも侵食してくる気味悪さがあった。クトゥルフ神話的な物語としても、その世界観の不気味さが忠実に描かれていたと思う。

 アメリカ南部の無法地帯に住む殺人一家というのは「悪魔のいけにえ」のようでもあり、一気に非日常な感じもするが、そう違和感を感じさせない引き込み方がうまかった。回を追うごとに、異常な世界や、それに突き動かされているヤバい人々の存在を確信するようになっていく。これはマシュー・マコノヒー扮するガリガリの刑事が、自身が誤って殺した娘や、幻覚などから身近に感じてきた「むこう側の世界」に惹かれていく過程ともつながっている。ジェームズ・ボネット著「クリエイティブ脚本術」にあるストーリーホールの考え方とも照らし合わせてみることができ、勉強になった。

 いよいよ限りなく異界すれすれの場所に乗り込む終盤。連続殺人犯の本拠地の描写はこれまた気味悪く、この不気味な物語のクライマックスにふさわしい、この世ならぬ何かが空間に満ちていた。遺跡のような地下建造物(?)のなかで、尋常じゃない量の古びた衣服があたりに散乱しているというものだ。こうした地下建造物の中の様子は虐殺の描写としても素晴らしかった。そこに確かにいたはずの人が消し去られ、大量に積み上げられた衣服や靴という記号だけになっているのが生々しくて良い。アウシュヴィッツ収容所での犠牲者や、スピルバーグ版「宇宙戦争」でみられるような物量で圧倒してくる虐殺だった。